日本古来の思想

日本古来の思想

 日本は、多くの宗教の考えや文化を受容して、多層的な文化を形成している。そのため、国民が単一の宗教の信者であるということはない。しかし、それらの考え方を継承する前に、古くから日本に伝わる考え方や宗教観、神話などは存在する。そういった原点に立ち返ってみたいと思う。

 古代の日本では、全ての自然物には神が宿っていると考えた。この神々のことを総称して八百万の神と言い、このような考え方をアニミズムと呼ぶ。特に、自然は恵みを与えてくれる存在でありながら、時に災害となって自分たちを脅かす祟りの神として捉えられていた。そのような神々を鎮めるために祭祀が生まれ、神道に繋がっていった。また、『古事記』や『日本書紀』には神代のことについての話が収録されている。そのいくつかをかいつまんで紹介する。日本という国は、神話によるとイザナギとイザナミという男女一組の神が下界を見下ろし、何もなかったため鉾を降ろして島を作り、そこに降りて行って他の神々を生んだのが始まりとされる。また、イザナギが海で体を洗ったとき、アマテラスオオミカミ、ツクヨミノミコト、スサノヲノミコトという三人の神が誕生した。スサノヲが神の世界に入ると、物を壊すなど乱暴をはたらいたため、怒ったアマテラスは天岩戸という洞穴に隠れてしまった。彼は太陽の神だったために、神の世界は真っ暗になってしまった。そこで、洞穴の外で宴を開き、楽しそうな雰囲気と音を聞かせたところ、アマテラスが少し出てきたので神々で引っ張り出した、という神話がある。このような太陽が隠れる神話のことを日食神話と言い、これは東南アジアの各地やインディアンにもみられる普遍的な内容である。中国の南西部の部族のミャオ族の日食神話は、日本のものと類似性が高いと言われている。さらに、神話とは別に罪・穢れの概念がある。古代の日本ではこれらが忌み嫌われてきた。罪も穢れも、大切な祭祀の支障になるものだった。特に、死の穢れが最も重いとされていた。このような罪・穢れは禊・祓で取り除くことができると考えられていた。禊は水によって穢れを洗い落とすことであり、祓は供物や祝詞によって穢れを払ったり、人形に穢れを移して流したりすることである。現在でも、京都をはじめ多くの神社で6月には祓のための道具が置いてあったり、大祓という行事が行われたりしている。

 現在の日本では日本神話を聖典としていたり、アニミズムが自覚されながら浸透していたりするわけではない。しかし、禊や祓の行事や、罪、穢れの概念はまだ残っていると言えるだろう。多文化と融合しているとされる日本文化にも、古くから存在する基礎があるということを知っておいてもいいだろう。

参考文献

・第一学習社編集部、テオーリア 倫理資料集、第一学習社、2017、82-85

・歴史の謎を探る会編、学校で習った日本史が信じられなくなる本、河出夢文庫、54-56

・渡部哲治、新倫理 新訂版、清水書院、2017、144-148

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