序論 W.D.ロス（William David Ross）は、20世紀の倫理学者の中でも特に重要な位置を占める人物である。彼の倫理学は、義務と美徳の調和を重視し、現代道徳哲学に多大な影響を与えた。ロスは、特に彼の「義務の階層性」や「美徳の役割」に関する考え方を通じて、倫理的判断における多様性と複雑さを強調した。彼の理論は、単一の原則に基づく倫理学（例えば、功利主義や義務論）とは異なり、道徳的状況の多様性を受け入れ、個人の道徳的直感を重視するものである。本稿では、ロスの倫理学における義務と美徳の調和について考察し、彼の思想が現代道徳哲学に与えた影響を探求する。

本論 ロスは、倫理的義務を「第一義的義務」と「二義的義務」に分けることで、義務の階層性を明確にした。第一義的義務は、他者に対する誠実さや約束の遵守など、普遍的に認められる道徳的義務である。一方で、二義的義務は、特定の状況や文脈に依存する義務であり、個々の判断に委ねられることが多い。このように、ロスは義務を単なる規則として捉えるのではなく、状況に応じて変化する柔軟な概念として理解した。 さらに、ロスは美徳の重要性も強調した。彼は、美徳が道徳的判断において果たす役割を明確にし、義務と美徳は相互に補完し合う関係にあると主張した。美徳は、個人の性格や意志を形成し、道徳的な選択を行う際の指針となる。ロスの視点では、義務を果たすことが必ずしも道徳的に正しい行為を意味するわけではなく、美徳が伴わなければ真の倫理的行動にはならない。したがって、義務と美徳の調和は、倫理的判断を行う上で不可欠である。 ロスの思想は、現代道徳哲学に多くの影響を与えている。彼の義務と美徳の調和に関する考え方は、後の倫理学者たちによっても受け継がれ、発展してきた。特に、アリストテレスの美徳倫理学を再評価する動きや、義務論と美徳倫理の融合を試みる研究が進められている。さらに、ロスの理論は、倫理的直感や状況に応じた判断を重視するアプローチに大きな影響を与え、現代の倫理的ジレンマに対する理解を深める手助けとなっている。

結論 W.D.ロスの倫理