「自尊心が低く自信がない」といった人の性格を表す特徴を聞いたことがあるだろう。この自尊心が低いことは悪いように言われるが、単純に高ければ良いのだろうか。本論文では、自尊心の高さの良し悪しについて考察する。
「自分は価値がある人間だ」と思う気持ち、つまり自分自身に対する良い評価のことを自尊感情と呼ぶ。自尊心は今までアンケート調査によって測定されていた。具体的には「自分が多様な良い素質を持っているか」という問いや、「物事を人並みにはうまくやれるか」と言う問いに対して、肯定的に回答した人は自尊心が高い人であると判断されていた。自尊心が高い人は精神的に健康な人とされ、憂鬱な気持ちが少ない上に幸福感が高く、孤独感が低いとされている。これによって他人を妬むような気持ちが少なく、非行を起こしにくいといった特徴や攻撃性が低い傾向があると言われている。小口(2007)によると、実際、高自尊心者は低自尊心者に比べて社会的スキルが高く、より適切な向社会的行動をとりやすい(Batson,Bolen,Cross,&Neuringer-Benefiel,1986)といった、高自尊心者が持つ望ましい特徴を示す研究は多く見られる。しかし、自尊心が高い人は精神的に健康だと言われていたにもかかわらず、最近の研究によって自尊心が高い人は批判されると急に怒り出したり、自分の仲間を贔屓したりするということがわかってきた。原島・小口(2007)によると、たとえば課題における失敗のように、自己に対する脅威を経験するような場面において、低自尊心者に比べて高自尊心者は、他者に対して攻撃的にふるまう(Baumeister,Smart,&Boden,1996)、他者からの印象が悪くなる(Heatherton&Vohs,2000)といったネガティヴな側面を示す研究もある。これらの研究から、高い自尊心が常に望ましい結果をもたらすわけではないことは明らかであり、自尊心と適応との関連は一見すると矛盾した結果を呈している(e.g.遠藤,1995;伊藤,1998)。近年の研究の結果によって精神的健康の高さには、潜在的自尊心というもう一つの自尊心が影響している可能性が注目されている。潜在的自尊心とは、自分でも気づかない潜在的な自尊心のことを指す。これは潜在的なものなのでアンケート調査では測定できず、間接的な方法を用いて調べる必要がある。これらの自尊心のバランスによって、いくつかのタイプに分けられる。まずは潜在的自尊心のみ低い人である。潜在的自尊心が低い人は、憂鬱な気持ちが強く、自分の仲間に贔屓をし、自己愛が高いといった特徴がある。そして、潜在的自尊心と顕在的自尊心の両方が高い人は、憂鬱な気持ちが少なく自分の仲間に贔屓をせず、顕在的自尊心が揺るがないために心が安定しているということがわかってきた。さらに、顕在的自尊心が低く、潜在的自尊心だけが高いと、他人を見下すような態度をとる傾向が高いと言う結果が出ている。
これらのことから、自尊心の高さは一概に「悪い」とはいえないが、潜在的自尊心と顕在的自尊心のバランスが人間関係や、精神的健康に関わると言えるだろう。
参考文献
原島雅之, & 小口孝司. (2007). 顕在的自尊心と潜在的自尊心が内集団ひいきに及ぼす効果. 実験社会心理学研究, 47(1), 69-77.
家島明彦 2020 心理学辞典 p.274-285