記憶は歪むのか

記憶は歪むのか

 刑事事件が起きた時、しばしば目撃情報を元に捜査が進められる。この目撃情報とは、目撃者の犯罪の場面の記憶のことを指すが、この記憶は、後から与えられた情報で歪んでしまうことがあることが明らかになっている。記憶が歪むとは何か、どのように起こるのだろうか。

 1979年、ロフタスらによって、記憶が可塑的なものであることが示された。彼女らは、被験者に交通事故の動画を見せ、その一週間後に「車がぶつかった(hit)時、窓ガラスは割れたか」と聞いた時より、「車が激突した(smashed)時、窓ガラスは割れたか」と聞いた時の方が、動画内の窓ガラスは割れていなくても、「割れていた」と答えた人が多かったことを示した。このように、言葉によって記憶が変わってしまうことが明らかになっている。この現象を「事後情報効果」と呼ぶ。また、彼女らは「ほくろを見ましたか」と聞くより、「そのほくろを見ましたか」と聞く方が「ほくろを見た」と答える人が多かったと示した。さらにロフタスらは、人間が偽りの記憶を生成できることも明らかにした。他者から架空の物語を与えられると、実際の記憶とつなぎ合わせて架空の物語をあたかも「実際の記憶」と思ってしまうことが明らかになったのである。しかも、この生成した記憶は、「実験により生成した偽の記憶である」とのちに伝えても、実際の記憶であると信じ続ける人が一定数いたと言う。この偽りの記憶の生成により、罪のない人が取り調べ中に何度も犯行の話を聞いた結果、自分の記憶であると勘違いし、虚偽の自白をすることが問題になっている。また、最近では、2016年に、Dudaiらが事後情報効果が起こりやすくなる条件について研究した。被験者にオキシトシンを投与すると、周囲のサクラ(実験協力者)が誤った情報を言っている際に、オキシトシンを投与していないときよりもその情報を信じるようになったと示した。つまり、誤った情報を信じやすくなり記憶を改ざんした、ということである。この理由として、Dudaiらは、オキシトシンの投与により社会性が向上し、他人の意見により耳を傾けるようになり、事後情報効果が起こりやすくなったのではないかと考察している。

 このように、この半世紀ほどで記憶の可塑性が明らかになり、刑事事件の取り調べの信ぴょう性に問題を呈している。取り調べの際、色や顔など、犯人や犯行に繋がる情報を誘導するような聞き方をしてしまうと、目撃者の記憶が歪んでしまい、本当に正しい情報が得られなくなってしまうだろう。目撃情報が歪んでしまうと、冤罪にも繋がってしまいかねない。誤情報効果は心理学の知識だが、冤罪のなくスムーズな事件解決のために、取り調べや法律の場面でもぜひ生かしてほしい。

参考文献

・木下真一郎、Newton、ニュートンプレス、2021、36-39

・Dudai, Yadin Edelson, Micah G Personal memory: Is it personal, is it memory? Memory Studies (9), 2016, 3

・Loftus, E. F., Palmer, J. C. Eyewitness Testimony, Introducing Psychological Research (1996)

タイトルとURLをコピーしました