「見えないもの」と言われると何を思い浮かべるだろうか。お化けや幽霊といったものや、幻覚や幻視を思い浮かべるかもしれない。しかし、我々は皆、見えないものが見えている。本論文では、この「見えないものが見えている」仕組みについて述べる。
眼球の仕組みから、見えていない部分である「盲点」が必ず存在している。我々は、眼の奥にある網膜で光を受け取り、ものを見ることができる。その網膜上には光を受け取れない点がある。これが先ほど述べた「盲点」である。盲点によって見えない部分が出てくるはずだが、日常生活で盲点に気づくことはない。これは、脳の働きによって補正されているからだ。盲点にかぶさった箇所は、脳が勝手に「このように見えるはずだ」と判断し、補う。この働きを「盲点補完」と言う。片目を閉じてものを見ることで、盲点と盲点補完に気づくことができる。このような働きは盲点を補完すること以外にも認められている。生理学研究所によると、脳の中で正確な視野の情報を持っている「第一次視覚野」が盲点における補完に関わっているかどうかを調べ、人間だけでなく、サルの盲点に対応する視野の場所を表現している領域からニューロン活動を記録し、様々な長さの刺激を視野の盲点付近に呈示することによってニューロンの応答を調べた。この研究により、ニューロンが補完知覚に対応する非連続な活動変化を示し、補完知覚の生成に関わっていることを示唆した。「盲点」と似た言葉に「盲視」と言う言葉があるが全くの別物である。この盲視とは、後頭葉の一次視覚野という部分に損傷を受け、その部分に対応した視野に欠落領域が生じることである。吉田(2017)によると、盲視という現象は、光点の位置を当てると言う「視覚情報の処理」と光点が眼前に見えたという経験をする「現象的な視覚意識」とが乖離し、それらが別の脳部位で処理されているということを示していると言う状態である。これは、人だけでなく、マカクザルにも認められている。盲視に関わる脳部位としては上丘を経由するとする説と外側膝状体を経由するとする説とがある。(吉田,2017)。つまり、視野の一部に何も見えなくなる領域が生じるということだ。
盲点は誰にでも存在し、脳が勝手に補完してくれるため気づかないが盲視は脳損傷により起こる見えなさであるため、全く異なるものである。以上のことから、我々は脳に損傷を受けていない状態でも見えない場所が存在し、脳が補完するために「常に見えないものを見ている」と言うことになる。
参考文献
・生理学研究所「盲点における補完近くの神経機構」
http://www.nips.ac.jp/contents/release/entry/2005/11/post-102.html(最終閲覧日:2022/01/07)
・吉田 正俊 2017 脳科学辞典「盲視」https://bsd.neuroinf.jp(最終閲覧日:2022/01/07)