村上春樹『象の消滅』が意味するもの

 『象の消滅』は、表題の通り、ある町で象が消滅する物語である。この作品は、象が消滅した直接的な理由を重視しておらず、物語後半の主人公と彼女の対話の中で描かれる、象の消滅によって主人公が受けた影響を大きなポイントとして捉えている。象の消滅は、主人公にとって一体何を意味していたのか。

 象は現代社会において、いなくてもよい存在である。社会に必要とされず、むしろ邪魔者扱いされてきた。この作品における世界は、「機能性」「統一性」を至上とする「便宜的」な社会として描かれる。人々はキッチンに統一性を求めるように、町や世界にも統一性を求める。このことは、作中で「バランス」という言葉が8回、「統一」という言葉が12回使用されていることからも推測できる。象はそういった世界をかき乱す、過剰で異質なものとして存在しており、だからこそ消滅せざるを得なかったのだろう。

 主人公もこの世界の一部であるからには統一性を求める一人であるが、彼は統一性以前に必要なものはいくつかあると述べている。主人公にとって象はその一つである。だから象がいなくても何も変わらない、つまり差異がないこの社会に、社会の一部でありながら困惑する気持ちを抱いているのである。象が消滅したことにより世界はバランスを取り戻したが、バランスを欠いた存在に敏感であった主人公の中のバランスは決定的に崩れてしまったのだ。もともと象という存在に興味を抱いている点からもわかるように、どこか周囲と異なる感性を持っていた主人公が、象の消滅をきっかけにして微妙なバランスの上で成り立っていた自分自身という存在を疑ってしまったことがバランスを崩す原因となったのである。

 ただ、そのように感じているのは主人公だけではなかったのかもしれない。統一性やバランスを求めているのは便宜的世界であり、そのような考え方は客観的なものでしかない。個人的、主観的な世界は、逆に象に代表されるようなバランスを崩す存在をむしろ求めており、統一性などはあまり求めていないのではないだろうか。主人公から象の話を聞いた彼女は、主人公の話を否定することも肯定することもなくその場を離れていく。彼女も主人公と同じようにバランスを崩す存在の必要性を感じていたのかもしれない。傘を忘れた場面は、彼女の立場が世界と主人公のどちら側にも行けたことを暗示している。しかし、彼女はやはり社会の一員としての自分から抜け出すことはせずに主人公とは違う立場を選んだ。そのことを主人公も心のどこかで理解したからこそ、彼女に二度と連絡することはなかったのだろう。

参考文献

馬場重行「村上春樹『象の消滅』小論——『「中国日本文学研究会」第8回全国大会&国際シンポジウム』報告——」

山形県立米沢女子短期大学付属生活文化研究所報告第30号、山形県立米沢女子短期大学付属生活文化研究所、2003.3、p74-78

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